シングルモルト スコッチウイスキー タリスカー MADE BY THE SEA

タリスカーの物語

タリスカーの生産開始は1830年、日本では幕末にさしかかった時代に遡ります。
荒々しい自然と海に育まれ、時に頑固なまでに創業当時からの製法を貫く、
唯一無二のシングルモルト スコッチウイスキーの誕生からこれまでのエピソードをご紹介します。

ブランド名のルーツと由来

タリスカーの生みの親であるヒューとケネスのマカスキル兄弟がスカイ島にやってきたのは1827年。少し南に下ったエッグ島出身でスカイ島に羊を運ぶ仕事をしていました。
移住した後、この地で生産される大麦をより大きな価値を生み出すものにしようと、当時スコットランドで盛んに生産されるようになったウイスキーをスカイ島でも造る決意を固めます。
兄弟はロッホ・ハーポートという汽水湖の沿岸に面したカーボストに蒸留所を構え、「タリスカー蒸留所」が誕生します。タリスカーの名は、兄弟が蒸留所建設中に滞在した「タリスカー・ハウス」にちなみ名付けられたといわれ、古代ノース語(バイキングの言葉)で“Thalas Gair(傾いた大岩)”という意味があります。

タリスカー蒸留所を創設したマカスキル兄弟が、蒸留所建設中に滞在した通称”タリスカー・ハウス”。

蒸留所、試練の時

当時ウイスキー蒸留所のほとんどが農場の副業として運営され、スカイ島でも免許を持つ7つの蒸留所と、数十の無免許蒸留所が稼動していました。
カーボストは羊を飼うためという名目で借りることができた土地だったため地元からの反対に遭いましたが、マカスキル兄弟のウイスキー造りへの情熱と信念により、1830年に念願の蒸留所を開業。
1840年代になるとアイルランド発のじゃがいも飢饉の余波がスコットランドに広がり、スカイ島でもタリスカー蒸留所が、地元の人々の救済に奮闘しました。その最中の1843年、資金繰りに行き詰まり、北スコットランド銀行のマネジャーであったジャック・ウエストランドに蒸留所を売却。その後、いくつかのオーナーの変遷を経て、1925年に現在の形に落ち着きました。

想いは時代を越えて

1920年~40年代にかけて、大恐慌や第2次世界大戦により、スカイ島の他の蒸留所は撤退を余儀なくされ、タリスカー蒸留所にも不遇の時代が訪れます。
また、1960年には、蒸留所で火災が発生し、戦後最大の危機に見舞われましたが、当時のスタッフの再興に向けての情熱と不屈の努力により、蒸留所は2年後に復活。
創業者であるマカスキル兄弟の熱い情熱と信念は、時を越えて受け継がれ、ロッホ・ハーポートの海に面したタリスカー蒸留所は、今なお全世界に向けてタリスカーを造り続けています。

創業以来、ロッホ・ハーポートの海を眺める場所に建ち続けてきたタリスカー蒸留所